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横浜地方裁判所 昭和60年(ワ)171号 判決 1987年12月11日

原告 桜井定次郎

右訴訟代理人弁護士 外池泰治

神崎正陳

被告 山田信子

<ほか二名>

右被告ら訴訟代理人弁護士 中村尚彦

安田道夫

主文

一  被告らは、原告に対し、別紙物件目録二2記載の建物を収去して同目録一記載の土地を明渡せ。

二  被告山田信子は、原告に対し、別紙物件目録二1、同3記載の各建物を収去して同目録一記載の土地を明渡し、かつ、昭和六〇年五月一日から右土地明渡ずみまで一か月金一九万〇一三八円の割合による金員を支払え。

三  被告山田信子は、原告に対し、金六七四万三五八三円及び内金一〇三万八二〇四円に対する昭和五五年一一月一日から、内金一二五万六二三一円に対する昭和五六年一一月一日から、内金一四七万四二五八円に対する昭和五七年一一月一日から、内金一四六万五六四二円に対する昭和五八年一一月一日から、各支払ずみまで年一割の割合による金員を支払え。

四  原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は被告らの負担とする。

六  この判決は、三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的請求)

1 主文一、五項同旨

2 被告山田信子は、原告に対し、別紙物件目録二1、同3記載の各建物を収去して同目録一記載の土地を明渡し、かつ、昭和五九年五月一日から右土地明渡ずみまで一か月金一九万〇一三八円の割合による金員を支払え。

3 被告山田信子は、原告に対し、金五三三万一三三六円及び内金一〇四万三四五八円に対する昭和五五年一一月一日から、内金一二五万九六一四円に対する昭和五六年一一月一日から、内金一四七万五七七〇円に対する昭和五七年一一月一日から、内金一五五万二四九四円に対する昭和五八年一一月一日から、各支払ずみまで年一割の割合による金員を支払え。

4 仮執行宣言

(予備的請求)

1 被告山田信子は、原告に対し、金六八八万三六三〇円及び内金一〇四万三四五八円に対する昭和五五年一一月一日から、内金一二五万九六一四円に対する同五六年一一月一日から、内金一四七万五七七〇円に対する同五七年一一月一日から、内金一五五万二四九四円に対する同五八年一一月一日から、内金一五五万二四九四円に対する同五九年一一月一日から各支払ずみまでそれぞれ年一割の割合による金員を支払え。

2 原告と被告山田信子との間において、別紙物件目録一記載の土地に対する地代は昭和六〇年五月一日以降一か月金一九万〇一三八円であることを確認する。

3 訴訟費用は被告山田信子の負担とする。

4 第1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(主位的請求原因)

1 桜井兵四郎は、山田松代に対し、昭和二五年五月一日同人の所有にかかる別紙物件目録一記載の土地(以下、「本件土地」という。)を、建物所有を目的とし、期間を五年、地代の支払は毎年四月及び一〇月の各末日かぎり六か月分を前払いすると定めて賃貸した(但し、借地法二条によりこの期間は三〇年とされるものである。以下、「本件賃貸借契約」という。)。

2 桜井兵四郎は、昭和三七年九月二六日死亡し、原告が相続により本件土地の所有権及び本件土地の賃貸人たる地位を承継した。

一方、山田松代は、同年二月二六日死亡し、被告山田信子(以下、「被告信子」といい、被告尾河靖を「被告靖」、被告尾河協子を「被告協子」という。)が相続により本件土地の賃借人たる地位を承継した。

3(一) 原告は、被告信子に対し、本件土地の地代が公租公課の増額及び近隣地代の上昇によって著しく不相当となったため左記のとおり増額請求した。

① 昭和五五年四月中に、同年五月一日以降、一か月一三万六〇九九円(一平方メートル当り六八円)

② 同五六年四月中に、同年五月一日以降、一か月一五万四一二二円(一平方メートル当り七七円)

③ 同五七年四月中に、同年五月一日以降、一か月一七万二一二五円(一平方メートル当り八六円)

④ 同五八年四月中に、同年五月一日以降、一か月一九万〇一三八円(一平方メートル当り九五円)

(二) 右地代増額請求額については、地代家賃統制令、公租公課の増額、近隣地代等との比較、東京地方裁判所調停部の調停等の諸事情を総合して決定しており、相当な請求額である。

4 これに対し被告信子は、昭和四三年ころから本件地代の供託を始め、そのまま引き続いて地代を供託しており、右供託の状況は別紙供託明細表記載のとおりである。

5 しかし、右供託額は、前記相当な請求額と対比して、借地法一二条二項にいう相当地代とはいえない。

6 そこで、原告は、昭和五七年以降、数次に亘り被告信子に対し、本件賃貸借における請求地代と供託地代との差額の支払を催告したが、右被告はその支払を拒絶した。

7 原告は、被告信子に対し、昭和六〇年二月四日送達された本訴状をもって、地代不払を理由に本件賃貸借契約を解除した。

8 しかも、以下に述べるように、被告信子の長期に亘る著しく低額な地代の供託により、原告と被告信子との信頼関係は破壊された。

(一) 本件土地に関する昭和五五年度以降の公租公課は以下のとおりである。

① 昭和五五年度分一か年五三万九一九〇円

② 同五六年度分一か年五八万九七三〇円

③ 同五七年度分一か年六四万〇三〇三円

④ 同五八、五九年度分各一か年六七万五六一〇円

(二) 被告信子が供託した昭和五五年五月一日以降の地代総額から右(一)記載の公租公課を控除した残額は五か年で一一万四六二〇円であり、一か年で二万二九二四円、一か月で一九一〇円、一平方メートル当り一か月一円にも満たない。

ところで、原告は不動産賃貸業を行っているが、右に従事する者は原告のほか妻、長男夫婦であり、営業経費は一か月最低七〇万円を下らない。したがって、右経費を考慮すれば、本件賃貸借契約における実質的地代はゼロに等しい。

(三) 被告靖は、別紙物件目録二2記載の建物(以下、「本件2建物」という。)につき、同人が代表取締役をしている株式会社アイペックを債務者として一億二二〇〇万円の根抵当権を設定しており、本件土地の時価及びこれに関する公租公課については十分認識していた。

9 本件土地上には、現在被告信子所有の別紙物件目録二1、同3記載の各建物(以下、各「本件1建物」、「本件3建物」という。)と、被告ら共有(被告靖の持分一二分の七、同信子の持分一二分の四、同協子の持分一二分の一)の本件2建物がある。

よって、原告は、被告らに対し、本件土地所有権(被告信子に関しては契約解除による賃貸借契約終了に基づく現状回復請求権をも理由とする。)に基づき請求の趣旨一項記載の建物収去土地明渡を、被告信子に対し、賃貸借契約終了による現状回復請求権に基づく請求の趣旨二項記載の建物収去土地明渡及び賃料相当損害金の支払並びに請求の趣旨三項記載の不払賃料及び借地法一二条二項に定める年一割の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。

(予備的請求原因)

主位的請求原因1ないし4と同じ。

よって、原告は、被告信子に対し、原告が同被告に対し請求した昭和五五年五月一日から同六〇年四月三〇日までの本件土地に対する増額地代から、同被告が供託した右期間内の各年度に相当する供託額を控除した各差額分(毎年五月一日から翌年四月三〇日までの間の差額分)及びこれらに対する右各年度の最終支払日である一〇月三一日の翌日である一一月一日から右各支払ずみまで借地法一二条二項に定める年一割の割合による各遅延損害金の支払並びに昭和六〇年五月一日以降の本件土地に対する地代が一か月一九万〇一三八円であることの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

(主位的請求原因に対する認否)

1 請求原因1及び2の各事実を認める。

2 同3(一)の事実中、増額請求が毎年五月一日以降の地代につきなされたこと及び本件土地の地代が著しく不相当となったことを否認し、その余を認める。被告信子は毎年四月分以降の地代を請求されたのである。

同(二)の事実は不知、増額請求額の相当性を争う。

3 同4の事実を認める。

4 同5の、供託額が借地法一二条にいう相当地代でないことを争う。

5 同6の事実を認める。

6 同7の事実を認め、契約解除の効力を争う。

7 同8(一)の事実は不知。

同(二)の事実中、計算自体を認め、原告主張の残額であること及び実質的地代がゼロに等しいことを否認し、原告が不動産業者であること及びその経費については不知。

同(三)の事実中、被告靖が原告主張の抵当権を設定したことを認め、同人が本件土地の時価及び公租公課を認識していたことを否認する。

8 同9の事実を認める。

(予備的請求原因に対する認否)

主位的請求原因に対する認否1ないし3と同じ。

三  主位的請求に対する被告らの主張

(供託額の相当性)

1 本件土地に対する地代に関しては、原告と被告信子との間で、藤沢簡易裁判所昭和四一年(ノ)第六二号地代協議調停事件において、同年一〇月一日以降三・三平方メートル当り一か月一〇円、同四二年一〇月以降の地代については公租公課の増減・近隣状況を勘案して協議のうえ決めるとの調停が成立した。しかし、同四二年一〇月以降の地代については原告との間で紛糾した。被告信子は当時借地人組合である藤沢市辻堂西地区親交会(以下、「親交会」という。)に所属しており、右親交会において原告との地代協議の交渉に当たらんとしたが、原告は右交渉を拒否したうえ、一方的に地代の増額を請求してきた。そこで被告信子はやむを得ず前記親交会の指示に従ってその指示する額を供託した。

2 その後も、原告は一方的に地代増額請求をなし前記親交会との交渉には応じなかったので、被告信子はやむを得ず供託を続けた。被告信子は昭和四九年に前記親交会を脱退し、その後同年及び同五七年には原告に対し地代の協議を求めたが原告はこれをいずれも拒否した。

3 被告信子は、供託額については、前記親交会に所属中はその指示に従い、また、右を脱退後は近隣状況を勘案して供託額を増額してきた。

4 被告信子は、本件土地についての公租公課については知らなかったし、原告に対し地代増額についての説明を求めても原告は何等の根拠も示さなかった。

5 前記1、2のとおり、原告は一方的に地代増額を請求して被告らに供託を余儀なくさせたのち、二〇年間に亘って被告らの協議の申入を拒否してきた。その間昭和五五年五月一日には本件賃貸借契約は更新されたがその際原告は何等異議を申立てなかった。しかるに、現在に至って突如地代不払を理由に解除することは解除権行使の濫用に当たる。

四  被告らの主張に対する認否及び反論

1  被告らの主張1のうち、その主張にかかる調停の内容、親交会の存在及び原告が右親交会との交渉を拒否したことを認め、その余は不知。地代につき紛糾したのは、被告らが親交会による団体交渉により一方的に低額の地代を提示したからである。

2  同2のうち、被告信子が供託したこと及び昭和五七年に被告らから地代協議の申入があったことのみ認め、その余を否認する。

3  同3のうち、被告信子の供託額のみ認め、その余は不知。

4  同4を否認する。

5  同5はすべて否認し、争う。

第三証拠《省略》

理由

一  主位的請求について

1  請求原因1及び2(本件賃貸借契約の成立及びその相続)については、いずれも当事者間に争いがない。

2  増額請求と相当賃料について

(一)  《証拠省略》によれば、本件賃貸借契約の成立当時の地代は一坪当り一か月六五銭であったこと、昭和四一年一〇月一日以降のそれは三・三平方メートル当り一か月一〇円であったことがそれぞれ認められる。そして、《証拠省略》によれば、その後の公租公課の増加、地価の高騰、近隣地代との較差を認めることができ、これらに比して従来の地代が不相当となったことを認めることができる。

したがって、原告は昭和五五年五月一日以降の地代につき増額請求をなしうるものと認められる。

(二)  ところで、原告が昭和五五年四月以降被告信子に対して請求した増額地代(請求原因3(一))の額については当事者間に争いがない。ただ、増額請求の時期については、《証拠省略》によれば、いずれも四月分から改訂する旨請求しているが、他方、本件賃貸借契約書によれば、地代の前払は各四月末日かぎり五月分から一〇月分までの地代を支払う(更に一〇月末日かぎり一一月分から翌年四月分までの地代を支払う)ことになっているのであるから、右契約書の内容を勘案すれば、改訂する地代は毎年五月分からであると解するのが合理的である。

(三)  そこで、次に、相当賃料(適正賃料)について検討する。

不動産鑑定評価書には、本件土地の相当賃料について次のとおりの記載がある。

昭和五五年四月一日 二三二円(一坪当り月額、以下、同じ)

同五六年四月一日 二六三円

同五七年四月一日 二九三円

同五八年四月一日 三一一円

同五九年四月一日 三一四円

同六〇年四月一日 三二五円

ところで、右不動産鑑定評価書は、本件土地の相当賃料について、昭和四三年以降の合意賃料の認定が困難であるからスライド方式は採用しないこととし、利回り方式により、その利潤率を基礎価格(更地価格に底地割合四〇パーセントを乗じた価格)の一パーセント(年利)、管理費を純賃料(基礎価格に利潤率を乗じた価格)の五パーセント(年利)として算出しており、また、《証拠省略》に記載された公租公課と同一金額の公租公課を基礎として算出されていることが認められ、右はいずれも相当な方法及び数値であると認められる。ところが、前記不動産鑑定評価書は、この利回り方式によって算出した賃料と、比準賃料の平均値(周辺三箇所)との平均値をもって相当賃料としているが、この平均値を相当賃料とする合理的理由はない。なぜなら、右比準賃料の方が利回り方式による賃料よりも高い価格となっていることから、平均値を算出すると、現在における原告の利潤として相当とされる以上の利潤を原告に認めることになるからである。

従って、本件土地の賃料(適正地代)として、《証拠省略》記載の利回り方式による賃料をもって相当と認めるべきである。尚、昭和五五年ないし同五七年及び同六〇年については、原告の請求額が右利回り賃料を下回るので、右請求額をもって相当地代とする。即ち、

昭和五五年四月一日 二二四円(一坪当り月額、以下、同じ)

同五六年四月一日 二五四円

同五七年四月一日 二八四円

同五八年四月一日 三〇二円

同五九年四月一日 三〇八円

同六〇年四月一日 三一四円

が本件相当地代というべきである。

(四)  前記増額請求額を右相当地代と対比すれば、右増額請求は過大請求・催告ではない。

3  請求原因4(被告信子の供託状況)については当事者間に争いがない。

4  供託額の不相当性について

(一)  相当地代については前記2(三)のとおりであり、公租公課については、《証拠省略》によれば、請求原因8(一)のとおりである。

(二)  一般に、相当額の供託とは、主観的なそれで足り、右主観的相当額とは、従前賃料の供託で足りると解されているが、右供託額が適正賃料額に比して著しく低額であるときには、その供託は借地法一二条二項にいう「相当額の供託」とはいえないものと解するのが相当である。被告信子は昭和四三年ころから従前賃料の供託を始め、その後別紙供託明細表のとおり供託額を増額しているが、同被告のした右供託額は前記相当地代を著しく下回り、また、後記のとおり、公租公課にも満たないか、これを若干上回る程度のものであるから、たとえ従前賃料(あるいはその一定増加額)の供託があったとしても、右供託は不相当なものといわざるを得ない。

5  信頼関係破壊について

(一)  右認定のとおり、被告信子の供託はその供託額において著しく低額であり、その期間においても極めて長期であるところ、この点に関連して、原告と被告信子との信頼関係につき検討する。

まず、原告の実質的利益について検討する。

(1) 本件土地の供託額を、前記公租公課額、原告の請求額、相当地代と比較すると次のとおりの比率となる(月額、一坪当り、年度は五月一日から翌年四月三〇日まで)。

供託額 公租公課 請求額 相当地代

昭和五五年 一 〇・九二六八 二・七九七六 二・七九七六

同五六年 一 一・〇〇〇七 三・一七二二 三・一七二二

同五七年 一 一・一〇〇七 三・五四六九 三・五四六九

同五八年 一 〇・九三一七 三・一三四〇 三・〇一四三

同五九年 一 〇・九三一七 三・一三四〇 三・〇七四二

右によれば、供託額は、公租公課の一・一倍以内に止どまり、しかも同五六及び五七年度は公租公課にも満たないこと、右供託額は原告の請求地代の二七ないし三六パーセント程度、更に相当地代の二八ないし三六パーセント程度にしかすぎないことが認められる。

(2) 右認定によれば、原告が本件土地を賃貸したことによる収益は、昭和五五年五月一日からの五年間に一〇万七〇七一円にすぎず、原告が主張するとおり、右収益は一か月二〇〇〇円にも満たないことになる。

(3) 右状況自体、原告にとって本件土地の賃貸利益が殆どないことを示すものであるが、更に、《証拠省略》によれば、原告は同人の妻、右証人及びその妻とともに本件土地周辺の土地の賃貸を目的とした不動産賃貸業を営んでおり、右事業のため管理費が一か月一〇〇万円以上かかることが認められ、右事実からも本件土地にかかる管理費は前記(2)認定程度の収益額を優に超えるものと推認することができ、したがって、原告においては、昭和五五年以降五年間に殆ど賃貸利益を上げていないものということができる。

(二)  これに対して被告らは、原告が相当地代の算定根拠を示さなかったために供託額が低くなったにすぎないと主張し、被告靖の本人尋問の結果中にはこれに沿う供述部分があるが、《証拠省略》によれば、少なくとも数年前(昭和五三年ころと解される。)から藤沢市では借地人の固定資産税等の照会に応じていることが認められるし、《証拠省略》によれば原告は増額請求の際ある程度の増額算定根拠を示していること、《証拠省略》によれば被告らが所属していた親交会においても供託額を決定する際公租公課を考慮しており、それを会員に通知していたことがそれぞれ認められるのであり、かかる事実によれば、右供述部分及び被告らが公租公課を知らなかったとの被告靖の供述は措信しえず、かえって被告信子は右事実を知っていたことを推認することができる。

更に、《証拠省略》によれば、株式会社アイペックの代表取締役である被告靖は、昭和五八年九月二六日株式会社第一相互銀行に対して、また、同年一〇月一三日株式会社協和銀行に対してそれぞれ本件1の建物につき根抵当権を設定したこと、同様に同年五月一三日右第一相互銀行に対して、また、同年六月一七日協和銀行に対してそれぞれ本件2建物につき根抵当権を設定したことが認められる。ところで、一般に建物に対して抵当権を設定した場合には、通常その敷地の利用権に対しても右抵当権の効力は及ぶのであるから、抵当権を設定する場合には当然敷地の価格についても調査がなされることとなる。したがって、設定者である被告靖並びに同信子が遅くとも昭和五八年当時、敷地である本件土地の価格について知っていたこと、少なくとも知りえたことを推認することができる。

(三)  本件土地について昭和四三年ころから供託がなされていることについては当事者間に争いがない。

この供託開始及びその後の供託の原因については、被告らによれば、原告が昭和四一年に原被告間で成立した調停条項を順守しなかったためということになるが、《証拠省略》によれば、被告信子がした協議の申入は前記親交会の名による申入であったこと、これに対して原告は殆ど回答ないし協議を拒否したことが認められる。

しかしながら、かかる親交会という団体による協議の申入を原告が拒否したことから直ちに原告に前記調停条項違反の責任があるとはいい難い。かえって、《証拠省略》によれば、原告は書面による申入のみを行ってきたところ、被告信子は、昭和四九年に前記親交会を脱退するまでは親交会の指示にしたがって供託を行ったのみで、同被告から特に協議の申入はしていないこと、同被告は右脱退後は他の親交会員の供託額よりも少額の供託を行ったにすぎず、また、右脱退後である昭和四九年及び同五七年に原告に対してなした協議の申入は、それぞれ、従前の差額地代の支払を免除すること、土地の所有権と借地権とを交換することを内容とするものであり、それまでの供託状況に照らすと原告としては必ずしも協議可能なものとはいえないことの各事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

以上によると、供託に至った経緯、その後の供託の経緯のいずれにおいても原告の側に原因があるものといいきることはできず、むしろ、被告信子の側に積極的に協議を求めるという姿勢が窺われず、あるいは申入内容が必ずしも妥当でないことに照らすと長期供託の原因は同被告の側に少なからず存するものというべきである。

(四)  以上、(一)ないし(三)の事実にみられるとおり、被告信子は二〇年間に亘り不相当に低額の供託を漫然と続けていること、さらに被告らにおいてかかる低額の供託であることについて認識があったこと、ないし認識の可能性のあったことなどからすると、原告と同被告間の本件賃貸借契約における信頼関係は破壊されたものといわざるを得ない。

6  権利濫用の主張について

前記4のとおり被告信子は、昭和四三年ころから供託を開始し、その状態は現在にまで及んでいるが、その原因については原告にあるのではなくむしろ同被告の側に少なからず存するのであり、しかも右供託についても極めて低額であるから、かかる状態を続ける同被告に対して、本件賃貸借契約を解除することは、たとえ二〇年後であったとしても、原告の正当な権利行使というべきであり、なんら権利行使に濫用を窺わせる事情はない。

よって、右主張は理由がない。

7  請求原因6(催告)、同7(解除の意思表示)、同9(本件各建物の所有関係)の各事実については当事者間に争いがない。

以上の次第で、原告が被告信子に対してなした解除の意思表示は有効であり、被告らは、本件各建物を収去して、本件土地を明渡す義務を負うというべきである。

8  次に、被告信子が原告に支払うべき金員についてであるが、前記相当地代(但し、昭和六〇年二月五日以降同年四月三〇日までの分は賃料相当損害金である。)と被告信子が供託した金額(昭和六〇年四月分までの供託分については当事者間に争いがないので、右供託分につき判断する。)との差額は次のとおりである。

昭和五五年度分(同五五年五月一日から翌年四月三〇日、以下、同じ)

一〇三万八二〇四円

(224×1998.58÷3.3×12-589730=1038204)

同 五六年度分 一二五万六二三一円

(254×1998.58÷3.3×12-589730=1256231)

同 五七年度分 一四七万四二五八円

(284×1998.58÷3.3×12-589730=1474258)

同 五八年度分 一四六万五六四二円

(302×1998.58÷3.3×12-729162=1465642)

同 五九年度分 一五〇万九二四八円

(308×1998.58÷3.3×12-729162=1509248)

以上、合計六七四万三五八三円

したがって、被告信子は原告に対し、右合計金額及び内昭和五五年度分ないし同五八年度分の右各金員につき、それぞれ各支払日の翌日である一一月一日から各支払ずみまで借地法所定の年一割の割合による遅延損害金の支払義務がある。

また、昭和六〇年五月一日以降の賃料相当損害金については、一か月一九万〇一六八円と認められる。(但し、原告の請求額は、一か月一九万〇一三八円であるから、その限度で認める。)

(314×1998.58÷3.3=190168)

二  以上の次第で、原告の主位的請求は、本件各建物を収去して本件土地の明渡を求め、かつ、理由8記載の差額地代及び借地法一二条二項に定める遅延損害金並びに賃料相当損害金を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項(主文一項及び二項については相当でないから仮執行宣言を付さないこととする。)を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 蘒原孟 裁判官 樋口直 小西義博)

<以下省略>

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